[本文引用]
順風満帆という言葉がある。
仕事に限らずプライベートも含めて、今までの人生を振り返って、実際に順風満帆だったと言える時期、期間はどれぐらいあっただろうかと考えてみる。
なんとなく、20代では、仕事でそんなに責任がある立場でもなかったし、難しい仕事を任せられていたわけでもないし、自分自身も若いので、健康も気にしなかったし・・・。
振り返ってみると、順風満帆という状態ではなく、なんとなく問題がなかった時期と言える。
それが、創業して一変した。
自分で選んだ道だから、失敗しても自業自得の世界でやってきた訳で、だから、誰かに文句を言いたいわけでもないし他責にしたこともない。
会社経営をしていると、実は、順風満帆だったと言える人は、数えるほどもない。毎日が嵐という訳ではないが、仮に平穏な数日が続いても、何かしらトラブルや問題が発生する。それがいつ起こるか分からない。全てがラストパーソンの自分に跳ね返る。
もっとも、経営的な事と、どんな仕事していても起こることが混ざっているので、分けて考えた方が良いのだが、悪いことは重なる法則もいやというほど体験した。あの、こんな日に限って、・・というやつだ。最悪の重なりは数え切れない。
では、どうやって乗り切っているのかということになる。これは単に振り返りであって、これからの心構えの話ではない。
そんなときに、頭に浮かぶのが、ピンチはチャンスなりである。これは本当に大衆化されていると思う。
経営のシーンだけではないし、仕事でも当たり前に使われる。スポーツの世界でもアートの世界でも同じだ。小学生が使っても違和感はない。
でも、本当にピンチはチャンスなんだろうかと、ふと、へそ曲がりに考えてみた。
禍を転じて福となす。こんな言葉もある。そう考えたら、似たような言葉は沢山あったはず。
さっそく、weblio類似辞典で調べてみた。
雨降って地固まる。怪我の功名。人生楽ありゃ苦もあるさ。人生万事塞翁が馬。結果オーライ。
あるある。
ピンチはチャンスなりを、単純に思考してみると、チャンスというのは、ピンチの中に隠れているという言い方ができる。また、ピンチを経験しないと本当のチャンスには巡り合わないという風にもとれる。
ところが、誰しも、わざわざ、ピンチには突入したくないのも本音の話である。できることなら、ピンチは避けたい。そのために転ばぬ先の杖という有名な言葉があるように、用心しておきたい。
ところが、人間とは不思議なもので、衝動的であったり、超ポジティブ思考であったりの時に、気付いたら、ピンチを呼び寄せてしまう事は多々ある。好事魔多しとは違う、知らぬ間に落とし穴に落ちる感じかな。
好奇心旺盛だと余計にそうなる。あの子供時代に、やんちゃに好奇心旺盛に活動して、怪我をしたり、問題を引き起こしたりするのと、根っこは一緒だといまだに思う。
自分の性分を痛いほど知れば知るほど、後悔は募るのだが、それも人生経験を経てくると、後悔ではなく、ピンチはチャンスなりと信じている自分がいるようになる。
また、そういう風に結果がなって来たことが、また、次のピンチを呼び寄せ、そしてチャンスにつなげることを繰り返しているように思う。味をしめるという感じかもしれない。
はたから見て、わざわざ、そういうピンチの方向に行かなくてもと言われることも多い。
こんな風に考えると、ピンチはチャンスなりというのは、積極果敢に行動したり、思いが過ぎてやってしまったりした時のリカバリーのための行動哲学かも知れない。
想定外の事が起こる、あるいは冷静に考えたら想定はできるのだが、ポジティブすぎると見えなくなる、こんな時に、ピンチに陥る。
そして、なんとか、チャンス到来と自分に言い聞かせて、実際にそれを実現していく。
これをポジティブに好循環と捉えればとらえるほど、結局は、また次のピンチを招きやすい方向に動いてしまうのだろう。
だから、ピンチの中にチャンスが隠れているのではなく。ピンチになっても、なんとかチャンスに結び付けていく感覚が身についてしまうと、初めからピンチを呼び寄せる選択をしているようにも思うのである。人間は難しい。
以上