[本文引用]
人が人をマネジメントする。当たり前の構図なのだが、実にこれが難しい。
私も約30年前に、会社を創って人を雇用して、そこから本格的なマネジメントを学びながら実践してきた。
もちろん、それまでの会社員時代も、なんとなく、マネジメントの真似事をしていたと思う。私は、ゼネコンが最初の会社だったが、ゼネコン不況で、私が入った会社には、後輩が3年入社してこなかった。つまり、新卒採用を凍結していたわけだ。
だから、私が初めて部下を持ったのは、26歳で転職した先である。何回かこのブログにも書いてきたが、日本人の部下ひとりと、あとは中国人2人、マレーシア人3人だ。部下と言っても正社員は、日本人の若手だけで、あとは、多分(この時の入国の制度は私は良く分かっていない)、研修生だったと思う。
流石に、この時の経験をマネジメントの経験をしましたとは言い難い。単に、右も左もわかない新興国の若者(といっても、私と歳は変わらなかった)の相談役のような感じだろうか。
一応、名刺には課長代理となっていたが、そもそも、そんな感覚は皆無で過ごしていた。そして、28歳の時に転職したのが、大手ソフトウェアエンジニアの派遣会社の子会社だった。前の会社とは一転して、何もかもが、親会社のコピーでのスタート。人事制度から報告の仕方など、ある意味、新興企業の自由度はなかった。
そんな中で、課長として部下を数人持った。多いときで10名ぐらいだっただろうと思う。この時も、良いお兄ちゃん感覚で、あまり、マネジメントのことを真剣に取り組んでいたとは言い難い。ただ、一人一人とのコミュニケーションは大切にしていたと思う。
そして、本格的にマネジメントの重要さと難しさを痛感するのは、やはり創業してからになる。数年で一気に100名を超えたときは、流石に、焦った。ちゃんと社員教育しないと、多分、とんでもない会社になってしまうと。
この辺りから、真剣にマネジメントと社員教育を学びながら、試行錯誤の中で実践した。それが良好な結果につながっていると感じた時期もあった。一方で、マネジメントの本質が分からなくなった時期もある。そうこうしている間に、企業支援の一環で、社員教育を請け負うようになり、それがマネジメントを身に着ける支援につながっていく。
特に中小企業の幹部研修は、数多くこなした。そんなことをしている間、やっぱり、紺屋の白袴だなと痛感することになる。
まあ、どんな分野もそうだが、人間は人に言う事より、自分が実践する事の方が遥かに難しい。
だから、他社の幹部には影響出来たところが多少あったとしても、自社を振り替えると、いまだに、何が答えかは分かっていない。
そんなことをあれこれしながら、コロナ禍がやって来た。一気に世の中が変わった。マネジメントで言えば、振出しに戻った感じだ。
今までのやり方だけでは通用しない。極端な話し、一年中、社員の誰とも直接会うことがない会社があっても不思議ではない。そういうことが可能な時代だ。
最近、特に思う事がある。私は創業者だから、社員は基本的には自分が採用の決定をしていることになる。一方、すでに人が集まっている組織に対してのマネジメントも相違点は増えてきた。小さいながらも、他の会社を人様から預かるようになった時だ。
やり方の道筋は頭では分かっていても、こちらも試行錯誤が必要だと思う。こんなことを体験していると、結局、人のマネジメントというのは、する側もされる側も永遠に答えが出ない関係性ではないかと最近は思っている。
以上