[本文引用]
本書では「アナログ力」という言葉が頻繁に出てくる。
ここでは、そもそも中小企業の「アナログ力」とは何か?
という点について述べたい。
中小企業の対比で使用される言葉として「大企業」がある。
中小企業は、大企業の下請け構造により
その裾野を広げてきたことは周知の事実である。
かつての自動車産業の部品メーカーは今では世界にも類を見ない
技術を持ち、その存在感を発揮している。
それ以外の業界でも、中小企業こそが技術大国・日本の屋台骨を
支えてきたことは間違いない。言い換えれば、戦後の日本経済の発展、
いや、文明開化以前の江戸時代の頃から、「町の小さな会社」が
日本を支え続けてきたのだ。
バブル経済崩壊後、経営資源に乏しい中小企業がピンチに陥ったのは、
ある意味自然の流れだろう。かつての高度経済成長期、中小企業は
大企業の仕事をコツコツとこなし、製品に磨きをかけ
「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の基盤を作り続けた。
その中小企業に対して合理化のもと、仕事量を減らし、単価も落とし、
生産拠点をコストの安い海外拠点へと移しはじめたのが、
一蓮托生で日本経済を作りあげてきた大企業たちであった。
中小企業の底力は、長年、高い要求に応え続けてきた現場力に
あることは間違いない。
大企業の要求する品質、納期など、現場で泥臭く支え続けてきたのが
中小企業だ。建設業界を支えたのは、鳶や左官などの技術を有する
専門工事業者であり、金属加工分野には世界トップクラスの金型技術、
研磨技術を有する町工場があった。もちろん、製造業以外でも同様だ。
テレビの有名番組を制作しているのは、少数精鋭のプロダクションであったり、
大規模イベント開催の裏には運営を小さなイベント会社が仕切っていることは
当たり前の光景だ。
日本企業の「現場力」が失われているといわれて久しい。
「日本の現場力は中国やタイ以下」と報じる新聞もある。
一体、なにが失われているのだろうか?
総務省の統計によれば、この10年で日本の製造業の現場では
120万人の就業者が失われたという(総務省「労働力調査」より)。
人口減と高齢化でこのような事態を止めることはできない。
しかし、日本企業が失ったものは人間の数だけでなく、
冒頭で紹介した「アナログ力」ではないかと思う。
中小企業の「アナログ力」は、別の表現をすれば、
困難をチームワークで克服したり、苦難を独自のアイデアや
行動力で打破する力に他ならない。
その力が中小企業に培われたのは、前述したように、
大企業の高い要求に応え続けた職人魂にある。
何よりも、人間が泥臭く現場に張りつき、現場を誰よりも知り、
そして知恵を出しあい、乗り越えてきた経験こそが、
中小企業の宝ともいえるのだ。
大企業は合理化とICT活用で、オフィスでの実際の仕事と
現場の距離が開きつつある。
「大手ゼネコンが弱くなったのは、管理ばかりして現場のことを誰も知らないから」
と建設関係者は漏らす。
確かに合理化とICT活用は企業が生き残るための至上命題だ。
だからこそ、本書でもその大切さをお伝えしている。
しかし、そこに「アナログ力」が失われてしまっては、合理化やICT化も
机上の空論になるだろう。なぜならば、ビジネスは結局、
現場で動いているのだから。前述したようにECで買い物をしても、
その商品を届けてくれるのは人である。
感動するサービスの裏側には細かな気配りやおもてなしの心が
あることを私たちはよく理解している。
未開の地で市場を開拓するのも、合理性やICTの力ではなく、
人間の行動力が不可欠であることもよく知っている。
だからこそ、この「アナログ力」を、本書で述べる
ICT活用との両輪でまわすことが、中小企業がこれからの時代を
勝ち残る武器になるのだ。
とはいえ、「アナログ力」だけに傾倒していては、
グローバル化の波に乗り遅れ、生き残ることができない。
中小企業の強みも、ロボットに取って代わられる時代がやってくるだろう。
だからこそ、中小企業の泥臭い現場力にICTを融合させておく必要がある。
ICTではすべてを自動化できないことは厳然たる事実である。
しかし、ICTによる効率化を進めていかなければ生き残れない時代でもある。
このバランスをいかにとるかが、これからの時代を勝ち残る
中小企業に求められる条件なのだ。
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(近藤 昇 著 2015年9月30日発刊
『ICTとアナログ力を駆使して中小企業を変革する』
第2章 アナログとICTの両立を考える
-中小企業のアナログ力とは何か? より転載)