[本文引用]
昨今の企業のセキュリティ事故の報道などを見ると少し違和感を感じている。
その理由は、「ネットに端末が接続されている」ことを前提とした記事や
コメントが多いからだ。若い人たちにとって、ネットにつながらないことは
信じがたいことなのかもしれないが、かつての仕事の現場をよく知る方々に
とってみれば、ネットにつながっていないことは特段珍しいことではない。
「ブロードバンド」という言葉が一般化した頃から、インターネットは
常時接続で高速通信が当たり前の世界になっている。
おかげで、YouTubeを代表とする映像配信のネット上のサービスは
飛躍的な成長を遂げている。ビジネスの場でも同様だ。PCなどの端末は
常にネットに接続されることが常識中の常識。
逆にネットに常につながっていなければ「なぜ?」と感じてしまうだろう。
常時接続というアプローチは回線業者にとってみては、ありがたい
契約形態のひとつになっている。かつての従量課金制のような面倒な
計算も要らない。使おうが、使わまいが、収益に大きな影響を与えない。
そして、快適なネット環境を社内に持ち込んだ瞬間に、今、世間を
賑わしているセキュリティリスクも同時に抱えてしまっているという
事実を企業自体があまり認識していない。
ここで、逆説的に考えてもらいたい。職場のすべての人間が、
常にネットに接続する環境が必要なのだろうか?
ネットがあれば便利である。メールも含めて、ビジネスの
コミュニケーションツールとして必要不可欠である。
しかし、一方で必要のない人間までネット接続をカバー
していくことになってしまった側面が大きい。
15年前(※2015年9月30日発刊時点)に時計の針を戻せば、
PCをネットワークにつながず、スタンドアローンで使用しているケースは
たくさんあった。
必要に応じてネットに接続し、処理を行う。
一見すると、面倒極まりないやり方だろう。
しかし、「ネットにつながること」を前提としていないため、
セキュリティ対策もシンプルに実行できる。
かつての職場でできていたことが、なぜできなくなってしまったのか?
処理の複雑性は高まっているが、基本的に「ネットにつなぐこと」を
前提にした仕事などごくごく数は少ない。
それを無理やり「ネットにつながなければ仕事ができない」という
建てつけが常識として広まってしまったところに問題があるのだ。
常に便利すぎる世界ばかりですごしていると、段取り力が失われる。
実は不便くらいがちょうどよいのだ。
では、身近な職場の仕事を見まわしてみよう。
経理、営業、開発、マーケティングなどなど。
ネットと端末が常時接続されていなければできない仕事など
あまりないと思わないだろうか?唯一あるとすれば電子メールくらいである。
ならば、電子メールに代わるコミュニケーションツールの導入こそが、
今後のICT活用のキモになるのかもしれない。
結局、ネット依存の仕事スタイルが人間の持つ、組織の持つ
アナログの力を衰えさせてしまった。端末と端末とのやり取り
だけで希薄な人間関係が形成されていく。組織を形成する
メンバーとほとんど会話すらしない。そんな擬似人間関係、
擬似組織と企業で頻発する事故・事件が無縁とは思えない。
「昔は待ち合わせ時間に遅れそうになったら、何とかして
その人と連絡がつくようあの手この手を尽くしたものだ。
大切な人が到着するのをがまんして待つこともしばしばあった。
今は携帯電話と電子メールで解決できる。
便利だが、何かを失ってしまった気がする」
シニア世代の方からこんな話を聞いたことがある。
おおいに納得したものだ。失ってしまったのは、人間としての
「感覚」なのかもしれない。人のことを想う、人のことを
気にかけるといった人間としての当たり前の「感覚」である。
ネットにつながないことを前提に物事を考えてみてはどうだろうか?
意外とシンプルなICT活用法が見つかるかもしれない。
そして、人間として失いかけていたなにかに改めて気づく
良い機会を与えてくれるかもしれない。
まず、IT業界がつくりだした常識を疑ってみることからはじめたい。
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(近藤 昇 著 2015年9月30日発刊
『ICTとアナログ力を駆使して中小企業を変革する』
第8章 中小のアナログ力が際立つ時代の到来
-ネットにつながないことに視点を向けてICTを活用する より転載)