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コミュニケーションは子供の頃から意図的にトレーニングする時代

ユーザー
サイト管理者
日付
20年10月22日 13時46分
元記事URL(外部サイト)
https://ameblo.jp/kondoh-blg/entry-12633138692.html

[本文引用]

 

 

日本ほど老若男女が幅広く存在する国は珍しい。


超高齢化の日本なので、すでに100歳越えの人が2020年9月現在83,450人もいる。

アフリカなどでは平均寿命の国が60歳を下回る国もまだまだ多い。

日本の場合、0歳から100歳までの多様な人とコミュニケーションが発生する環境にあるということでもある。


加えてここ最近、移民国家とも揶揄されるほど、外国の人が増えてきた。

日本は島国で長い長い間、日本人同士の人間関係や生活の場で、文化や伝統を築いてきた。明治維新後、欧米の影響を一気に受けて、近代化が進み工業立国として大成功を収めた。


日本は明治維新の開国以来、グローバル化にまい進してきたが日本は国際社会から見たら、極めて特殊なコミュニケーションをする人種だと思われている。外国人から見たら理解しがたい、考えていることが分かりにくい国民だ。


日本独特の曖昧さ、間の文化などはビジネスの場面ではマイナス面で評価されることも多々あるし、国際的な会議などでの自己主張やプレゼン力は先進国としての日本の評価とは裏腹に総じて低い。


もちろん、英語の問題もあるが、根本的には同質の単一民族内での内需を武器に発展した国の弱点だ。

 

今や“たかが新興国されど新興国”として急速に世界で存在感を増す国が世界中に多くあるが、ベトナムなどの新興国でも日本人は総じて押しが弱く、おとなしいという印象が定着している。もちろん、それ以上に日本や日本人の良さが評価されているので、必ずしも今はネガティブに考えなくてもよいのだが・・・

 

もう一つ、日本人にとってコミュケーションに関する大きな課題がある。

 

最近は、コミュ障という言葉も若者の間で流行っているようである。

もともと、人としての特性上、コミュニケーションが苦手な人もいる。

私も、子供時代は今でいう完全なコミュ障だったと思う。まあ、それでいて超好奇心旺盛で落ち着きがなかったので、学校の先生や周囲の人たちには、私は初めて関わるのがとても面倒な少年だったと思うが・・

 

そんな私でも、今のような立場で自分が選んだ好きな仕事が出来ている。

それはそれで、人生を振り返ると我ながら色々あったと思うが、私の場合は生まれて起業するまでの30年間は、日本の世間や社会はゆったりとしていたと思う。

簡単に言えば、今みたいに慌ただしくなかった。せかせかしていなかった。ストレス社会も今ほど深刻でなかった。


もちろん、ビジネスの世界ではモーレツサラリーマンに代表される激しい闘いの場があったとは思うが、少なくとも私の生活環境は農村であったので、自然に触れながらのんびり過ごせたと改めと思う。


仮に、この時代にスマホやSNSがあったらどうなっていただろうか?

私の内向的な引っ込み思案は改善しなかったかもしれない・・こんなことをふと思う。


私は、結果的には好きでもなかった、望んでもいなかったITの仕事にどっぷりと約35年関わっている訳で、これだけの長い期間、少しずつITに触れ、ITの仕事やITの利用者としての変化や進化を積み上げながら、ある程度IT社会に適応してきたつもりだ。



私の人間関係やコミュニケーションの根本は、ど田舎の自然に囲まれた村という単位の小さいコミュニティがベースになっている。

 

仮に私が幼少期から東京のど真ん中で育っていて、今のようなITの仕事をしていたら、そこから見える世界や関心の内容が違っていた思う。

そもそも、自然での生活は出来なかったかもしれない。苦手意識が芽生え、地方や田舎の人との接し方が今とは違っていたかもしれない。

 

日本は、核家族が当たり前になって久しい。3世代同居が当たり前で育ってきた私が、今は私も当たり前に核家族として都会で暮らしている。

必然的に今の子供は高齢者との接点が極めて少なくなる。

 

ビジネス目線の話だが、人間は密に同時期に付き合える人数には限界があると考えている。

もちろん個人差や程度差はあるが、一説によると100人から150人ぐらいだと言う。私は経営者をしているので、名刺は万単位だが、実際に密な人数は改めて考えるとこれぐらいだ。

一般の生活者でも似たようなものではないだろうかと思う。

 

今、子供たちの育つ環境、とりわけ対人対応能力を身に付ける環境があまりにも乱れていると思う。

私の子供時代は、ものすごく限られた、しかも顔見知りの人達との中で、コミュニケーションを徐々に学んできた。明確な教育係はいなかったとしても、村での自然体験と人間関係で身に付けてきたことも多い。

 

一方、今のIT社会を前提に生まれてきた人は、私の子供の頃の100倍、1000倍ぐらい気にする人が存在する可能性がある。会ったことのない人との接点も増えていく。

それでもまだ、田舎であれば昔ながらのコミュニティは残っている。だからリアルとネットの境目を意識できるし、そういう切り替え能力は身につくと思う。


それに比べて、都会では核家族化が進み、となりのマンションの住民を知らないような身近なコミュニティと、ネットのコミュニティが混在し、結果、ネットでの人間関係に依存が加速する。

 

すでに広く知られていることであるが、ネットは人間関係を阻害しやすい。

人間の裏側であったり、本音であったり、時として攻撃的