[本文引用]
日増しに神社の話をする機会が増えてきた。
この時期に神社と言えば、初詣。
私は今年も生田神社にお参りした。
いわゆる氏神様だ。
近所なので、生田神社には数えきれないぐらい、お参りしている。
正直、私は神社については、あまり詳しくなかった。誤解していたところも多々あった。
昨年、全国に今も8万強の神社があると知って驚いた。
実は、関連会社のカナリアコミュニケーションズでお寺に関する本を出版をした際は、お寺の数(8万弱)は認識していたが、その時でも神社に意識が向かなかった。
なぜ、私が神社に強い関心を持ち、もっと知りたいモードになっているかだが、それは一言で説明できない。
様々のことが重なったのは間違いない。
幾つかのきっかけを書く。
一つは、親しいシニアの方から、古事記の話を数年前から聞くようになって、だんだんと、その時代に興味が出てきたこと。
一つは、日本人らしさを探求していて、結局、古神道に行きついた事。
一つは、私自身の神社の話題が増えた事で、今までのお付き合いが深かった方々が、もともと結構な神社通だったことが判明したこと。
もう一つは、神社通でなくても、そもそも世の中に神社に関心がある人が沢山いることに気づいた事。神社ガールが存在するし、Youtubeにも神社動画は沢山ある。
そして、私にとっては、何よりも、自分の生まれてからの人生を様々振り返ると、何かと神社に関わってきたことに改めて気づいたことも新鮮だった。
他にも色々とあるが、興味が出てきたことと同時に、神社に関係する本を沢山読み、神社にできるだけお参りし、神社の話をオンラインセミナーなどでもするようになった。
こんなことを半年以上繰り返していると、
神社つながりがどんどん増えてきた。
去年の10月に伊勢神宮にお参りして以来、伊勢神宮と関係が深い人に次々と出会うようになった。正確に言うとすでにつながってはいたが、私が気づいていなかっただけだ。
人間は社会的動物である。だから人間は本能的につながりを求める。神社がつなぐ重要な役割を果たしていることが、私には何よりも大きな発見になっている。
少し説明すると、人間は、今この世の中に生きている人とつながるということを大切にしている。それと同時に、過去の人とのつながり、これから先の人とのつながりもそれ以上に重要視している。
先祖代々のお墓を大切にするのも一つだし、歴史上の人物に関心を持つのも一つだ。そして環境問題だけではないが、未来の子孫のために今できることをするというのも、いまだけでないつながりの世界だ。
こういうことは言い出したらきりなくある。
私自身の人生を振り返ってみるても、神社によるつながりに相当関わって生きてきたのが分かる。
私が昨年読んだ神社に関する本の中で、とても印象的なフレーズがある。
神社は、神社にお参りに来た人と人をつなぐ役割の場所である。
確かに、それ以来、私は神社に行くたびに、そういう意識が芽生えた。つまり、ある神社にお参りする人は、皆が同じ思いでつながっている。神社の神様にお祈りすることで、おなじつながりの中にいることを感じる。
知り合いでなくても、想いを共有する、同じ境地の人が集まっている。初詣は言うまでもなく、厄除け、七五三、合格祈願、商売繁盛・・なんと、人が集まり、つながる機会の多いことか。
同じ想いでいる人がたくさん存在することに気付き、感じる。神社を通じて過去